「貢献」って聞くとどんなことをイメージしますか?
他者への貢献
社会への貢献
など、どちらかというと「自分から外に向けてできること」というイメージがあるかと思います。
では、自分自身に対して「貢献できた」って考えたことはありますか?
自分自身に対しての貢献の気持ちが、メンタル整えるポイントの1つだという話をします。
ダブルスの試合で得た気づき
先日、友人とダブルスの大会に出てきました。
スクランブル方式で、いわゆる「ベストボール」を選択してまたそこから二人で打つ、というルールです。
とても楽しくラウンドできたのはもちろんなのですが、相方の言葉に良い気づきをもらえました。
それが「貢献」の気持ちです。
お互いに良いショットもあれば良くないショットがある中で、互いに支え合いうまくスコアがまとまってきました。
友人はラウンド中、「良くないショットがあっても、時々『貢献できている』って思える」と話していました。
さらに、「普段のラウンドだとできていないことばかり意識してしまうけど、ダブルスだと自分が貢献できていることに意識がいく」とも言いました。
これはとてもいい気づきだったなと感じます。
ダブルスに出たからこそのお互いの気づきで、それをシェアできたのがよかったです。
貢献の気持ちが強くなると、貢献できたことに意識がいきやすくなる。
言い換えれば、できないことよりもできていることに意識がいきやすくなる。
貢献の気持ちを持つことは、こんな変化があるのです。

貢献が社会的欲求にもつながる
マズローの欲求5段階説をご存じでしょうか。
人間の欲求には5段階あるという説で、簡単にまとめると以下です。
マズローの欲求5段階説
生理的欲求 : 生きていくための基本的・本能的な欲求
安全欲求 : 安心・安全な生活への欲求
社会的欲求 : 社会に属したいという欲求
承認欲求 : 周囲から認められたいという欲求
自己実現欲求 : 「ありたい自分」になりたいという欲求
貢献の気持ちは社会的欲求にもつながり、誰か・何かに貢献することで、属しているという意識になるのです。
この社会的欲求が得られないと、メンタルが整いにくくなるとも言われています。
わたしも選手へのコーチングの際、「それはどんな貢献につながりますか?」という問いかけをすることがあります。
「貢献」を意識することは、メンタルを整えていくポイントの1つなのです。
自分への貢献の気持ちがあってもいい
では、貢献とは他者や社会に対して向けられるだけのものなのでしょうか。
自分自身に対して「貢献」はできないのでしょうか。
「貢献」というと、自分から外側に対して向けられるものと思いがちですが、自分自身に対する貢献があってもいいと思っています。
良いショットが打てたら、自分の結果に貢献ができた。
いまのパット、良いタッチで打ててスコアに貢献できた。
そんな考え方があってもいいのではないでしょうか。
特に、ラウンド中にネガティブなことばかり考えてしまう方にはオススメです。
前述のわたしのダブルスの相方のように、自然と「貢献できていること」つまり「成功していること」に意識が向いていきます。
もしちょっとでもいいショットが打てたのなら、こうつぶやいてみましょう。
「〇〇(自分の名前)は、いまこのショットで自分に貢献できたぞ」と。
つぶやくときに、なぜ自分の名前を呼んだほうが良いのか。
興味ある方はこちらもご覧ください。